バイオフィルムって何なの?

■バイオフィルムとは?

バイオフィルムとは細菌の集合体であり、細菌による様々な感染症の原因になっているのです。実はバイオフィルムというものはみなさんの身近なところにもたくさん存在しているのです。
例えば、ご家庭のキッチンにある三角コーナーです。少し掃除の手を抜いてしまうと、三角コーナーの周りや底の面がヌルヌルした状態になりますね。あのぬめりがバイオフィルムなのです。この他にもお風呂場にある椅子の内面や棚の中、お風呂場の隅など、こまめにお掃除をしないとすぐにヌルヌルした状態になってしまいますね。これらはみんな細菌が増殖して作ったバイオフィルムなのです。

バイオフィルムのでき方



上の図はバイオフィルムが形成される模様を分かり易くシェーマにしたものなのですが、もともとお口の中に単独で浮遊していた細菌(planktonic cell)が歯の表面に付着すると、8時間くらいの時間をかけて分裂を繰り返し、マイクロコロニーという小さな集団を作り始めます。そうすると細菌たちは世界共通語とでも言える細菌性フェロモンという言葉を使って他の種の細菌たちと連絡を取り合うようになります。
われわれの社会であれば、日本人なら日本語、アメリカ人なら英語、フランス人ならフランス語だけしか通用しませんが、細菌たちの世界では異なる種類の細菌でも話ができる共通言語を持っているのです。この共通言語のことを細菌性フェロモンというのですが、この言葉を使って周りにいる細菌同志で話をしているのです。
どのような話をしているのかというと、バイオフィルムの中にいる細菌には外の環境が分かりませんので、外の環境が栄養豊富な状態にあるときには、外側の細菌が中側の細菌に今外側には栄養が豊富にありますよといった情報を伝えるわけです。そうすると全細菌が一度にクオラムセンシングシグナルというものを分泌し、一気に増殖を開始し数を増やすようになります。
逆に外側の環境が悪くなると、今度は外側の環境が悪いから今はじっとしていなさいといった情報を中の細菌に伝え増殖をストップさせます。
この他にもクオラムセンシングシグナルは、細菌が栄養を求めて運動する走化性や毒素産生性、白血球の攻撃から逃げるための莢膜形成、ストレス応答性の調節、免疫応答の調節、抗菌薬に対する抵抗性などもコントロールしているのです。

さらに、バイオフィルムが成熟してきますと、あのヌルヌル感のもとになっている菌体外重合物質(EPS)というものを身にまといながらチャネルという栄養の取り入れ口と排泄口をもつようになり、栄養状態が乏しくなるとバイオフィルムの中の細菌をはじき出し浮遊細菌をつくり、更に領土を拡大していきます。
このように、非常にたくみな構造と機能を身にまとって細菌同志が集まった集合体がバイオフィルムの正体なのです。
では、いったいバイオフィルムの何が問題なのでしょうか。

■細菌学の世界を根底からくつがえすバイオフィルム細菌集団

研究室の細菌と実際の細菌
細菌学というのは、ロベルトコッホの時代に左の写真にあるような固形培地というものを用いて細菌の純粋培養が可能になったことで確立されたわけですが、現在でも細菌学の基礎的技術として研究に幅広く用いられています。
また、細菌はこのように培養して研究すると言う考え方が今でも定着しておりまして、我々の持っている細菌学の知識というものは、栄養豊富な人工培地の上で育てられた細菌の情報によるものなのです。
しかし、実際の細菌が自然界でどのように生活しているのかを改めて考えてみると、こんなに栄養豊富な状態で生活しているはずがないわけです。

例えば大腸菌という細菌がありますが、培地上では30~40 分で分裂し、栄養の供給が充分であれば、24 時間で100 万倍以上にも増殖しますが、自然界ではそのようなことは決して起こっていないわけです。温度も低く、栄養も乏しい環境では、栄養が供給されるようになり、温度が適切になるまでは、細菌はそのままの状態でじっとしているわけで、これが、研究室での細菌の姿と実際の細菌の姿のギャップであるのです。


実際は異なる細菌の性質

このように細菌というものは、研究室で調べられた性質と自然界にいるときの性質というものが全く異なるわけです。

こういった現象は歯周病細菌の場合も同様で、試験管内ではよく効く抗生物質なども、人間の体の中ではあまり効きません。これは実際の歯周病細菌が複数の細菌が集まって形成されるバイオフィルムであって、単一の細菌として研究室で調べられてきた細菌の性質とは全く異なる性質を有しているためなのです。

このような事がだいぶ明らかになるにつれ、現在ではバイオフィルムの研究が盛んにおこなわれるようになってきたのですが、2003年のアメリカ国立衛生研究所(NIH)の発表によると、バイオフィルム感染症はヒトの慢性難治性感染症の80%を占めるとまで言われているのです。

■バイオフィルムの機能

バイオフィルムの機能

このように細菌はバイオフィルム化すると様々な機能を有するようになるのですが、菌体外重合物質(EPS)には抗菌薬が浸透しにくい他、好中球やマクロファージといった細菌をやっつけるための細胞が直接的に働きかけることもできませんし、EPSには抗原性がないため免疫機構が働かず抗体が産生されません。さらに細菌がバイオフィルム化することによりクオラムセンシングシステムが働き、細菌が栄養を求めて運動する走化性や、毒素産生性、白血球の攻撃から身を守るための莢膜形成、ストレス応答性などの調節などを行い巧みに生存出来るようになるのです。

さてバイオフィルムというものが、どのようなものであるか少しおわかりいただいところで、先程みなさんがお持ちになった疑問に答えてみたいと思います。